大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和43年(オ)191号 判決 1969年7月08日

上告人

盛岡順一

代理人

吉永多賀誠

被上告人

小高代八

被上告人

宝興業合資会社

右代表者清算人

小高代八

被上告人

海老名米次郎

被上告人

海老名四郎

右海老名両名代理人

堀越董

堀越みき子

田中紘三

主文

原判決中被上告人宝興業合資会社に対する部分を破棄し、右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

その余の部分に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉永多賀誠の上告理由第一点について。

本件土地が不法に占有されたため、同土地に対する上告人の賃借権が侵害され、これによつて上告人が被る通常の損害は賃料相当額であり、上告人主張の営業によりうべかりし利益の喪失金一八〇万円およびアパートを賃借するために支出した権利金賃料の合計金三一万円は、特別事情による損害と解すべきところ、上告人が本件土地に家屋を建築し、そこで皮革製造業を営む計画を有していたこと、および上告人が本件土地に家屋を建築することができないため他にアパートを賃借しなければならない事情にあつたことを被上告人代八において予見し、また予見することをうべきであつたことを認めるに足りる証拠がない旨の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できる。引用の判例はいずれも事案を異にし、本件に適切でない。原判決には所論の違法はない。論旨は採用できない。

同第二点(上告理由の補充を含む)について。

被上告人代八は本件土地を使用しうるなんらの権原がないことを知りながら、本件土地上に被上告人四郎名義をもつて本件家屋を建築し、本件土地を占有するに至つたものであり、上告人は、被上告人代八および同四郎を相手に東京地方裁判所に占有回収の訴を提起し(同庁昭和二八年(ワ)第七五五号)、本件土地の占有権に基づき、被上告人四郎に対しては本件家屋を収去して本件土地を明け渡すこと、および被上告人代八に対しては本件家屋から退去して本件土地を明け渡すことを請求し、上告人の請求どおり上告人勝訴の判決があり、この判決に対しては控訴、上告がされたが、右上告人勝訴判決が確定したことは、原審が適法に確定した事実である。

ところで、家屋の所有者がその敷地を占有する権原のない場合に、右所有者を代表者とする会社がその家屋の全部を借り受けて占有しているときは、実質的には家の占有者と所有者とが一体となつて敷地所有者の使用収益を妨害しているものというべきであるから、会社は、敷地の所有者に対し、敷地の不法占有による損害賠償責任を負うというのが当裁判所の判例である(最高裁判所昭和三二年(オ)第三六六号同三四年六月二五日第一小法廷判決、民集一三巻六号七七九頁)ところ、本件においては、本件建物の真実の所有者は被上告人代八であり、被上告人興業合資会社は被上告人代八を無限責任社員とする会社であることは、原審の適法に確定したところであるから、同被上告会社が前記東京地方裁判所昭和二八年(ワ)第七五五号判決を債務名義とする強制執行につき第三者異議の訴を提起することは、本件家屋が実質的には被上告人代八のものであり、同被上告人が右家屋を被上告人名義で建築所有し、被上告人代八において上告人に対し、同家屋を収去して本件土地を明け渡すべき義務がある以上、被上告会社のした右第三者異議の訴の提起およびこれに伴う強制執行停止の申請と上告人主張の賃借権の侵害による損害との間には因果関係があるものというべきである。そうとすれば、これと見解を異にする原判決は法律の解釈を誤つたか、審理不尽、理由不備の違法をおかしたものというべく、原判決はこの点において破棄を免れないといわなければならない論旨は理由がある。

同第三点および第四点について。

被上告人米次郎および同四郎が本件家屋を所有したことはなく、したがつて、右被上告人両名が右家屋を所有することにより本件土地を占有したことはない旨、被上告人米次郎が建築主としての被上告人四郎名義の使用を許したのは、弁護士平岡啓道の助言に基づくものであり、これをもつて被上告人代八の本件土地の不法占拠に対する幇助と認めることができない旨、および被上告人米次郎、同四郎は被上告人代八から本件土地を賃借したものの、その賃貸借契約の解除後は、本件土地家屋についてなんら利害関係を有せず、したがつてまた、東京地方裁判所昭和二七年(ワ)第七一一五号、同昭和二八年(ワ)第七五五号事件についてはもちろん、その他上告人主張の諸事件の帰趨に対する関心もなく、これらの諸事件は被上告人代八が被上告人四郎の名を用いて自ら遂行したものであり、かつ、被上告人米次郎、同四郎は本件家屋の明渡の強制執行にも関係なかつた旨、また上告人主張の売買予約登記、売買登記等は被上告人代八が被上告人四郎の名を擅に用いてしたもので、被上告人四郎の関知しないものである旨の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯できる。原判決には所論の違法はない。論旨は採用できない。

よつて、上告人が被上告会社に対して請求する損害の額等について更に審理を尽くさせるため、原判決中被上告会社に対する部分を破棄し、右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻し、その余の部分につき本件上告を棄却することとし、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(関根小郷 田中二郎 松本正雄 飯村義美)

上告代理人の上告理由

第一点 原審判決はその理由中において上告人の請求する(一)営業により得べかりし利益の喪失金一八〇万円(二)アパートの賃借により支出した権利金三一万円の損害は、本件土地の不法占有により控訴人の賃借権が侵害されたことによる損害であるが、賃借権の侵害による通常の損害は相当賃料であり、(一)及び(二)の如き損害は、特別の事情による損害であると解すべきところ、控訴人が本件土地に家屋を建築し、そこで皮革製造業を営む計画を有していたこと及び控訴人が本件土地に家屋を建築することができないため他にアパートを賃借しなければならない事情にあつたことを、被控訴人小高代八において、予見し、又は予見することを得べきであつたことを認める証拠がないばかりでなく、当審証人盛岡政一の証言によれば、控訴人は本件土地上に家屋を建築し、従前の店舗を右家屋に移して右営業を継続する計画であり、右新家屋における営業による予想収入額も不明であることが認められるから右(一)及び(二)の請求は失当であると判示した。

然し賃借権の侵害による通常の損害は相当賃料であるとの断定は誤りで(大審院昭和七年(オ)第三三二九号、同八年七月五日第三民事部判決、民集第一二巻一七八三頁)ある。本件の場合は戦災後の昭和二七年三月一〇日行われた土地賃貸借に基く借地権であつて、何人も借地権者が自用の建物を建て該建物で営業をするであろうこと、その建物の建築ができない限り他に住居を求むるであろうことは当然に予見したところであり、特に被上告人小高は寺島七丁目二一番地に居住し上告人の住所寺島七丁目三番地とは程近く本件建物の建築せられた昭和二八年九月二七日以来数十回も土地明渡の交渉を行つていて、上告人が右借地を店舗建築のために取得したこと、店舗出来の上は同所で皮革商を営むことは被上告人小高において承知していたことは口頭弁論の全趣旨に徴し明かである。

賃借土地に建物が建てられない以上他に住居を求めることを余儀なくせられることは当然予見されることである(東京高等裁判所昭和三四年一一月九日判決下級民事裁判例集第十巻二三七六頁参照)

又新家屋における営業による予想収入額も不明であるというが、土地賃借人がその地上に建物を建てて同所で新たに営業を営むことを計画していたにかかわらず、賃借権の妨害を受けその計画を実行することが出来なかつたときは、賃借人にはその営業を営むことにより得べかりし利益の喪失による損害が生じたものと推定すべきである。(最高裁判所昭和二九年(オ)第七〇八号、同三二年一月二二日第三小法廷判決、民集第一一巻三四頁)

然るに原審が前記の理由により上告人の請求を排斥したのは審理不尽理由の不備である。

第二点 原審判決はその理由中において左の通り判示した。

二、被控訴人宝興業合資会社に対する請求について

前記一に認定するところにより、被控訴人小高代八を無限責任社員とする被控訴人の宝興業合資会社が本件家屋を使用することによつてなす本件土地の占有が不法占有となることは明らかである。

しかして、本件控訴に基き当裁判所の判断すべき控訴人の同被控訴人に対する請求の範囲は、(一)営業により昭和三四年二月以降同三五年三月までに得べかりし利益金二八万円(二)右期間控訴人が地主に支払つた地代金一万六千八〇〇円(三)右期間控訴人がアパート賃借により支出した賃料金四万二、〇〇〇円この合計金三三万八、八〇〇円及びこれに対する昭和三五年八月一二日以降完済まで民事法定利率年五分の遅延損害金であり、控訴人は、右損害の賠償を求める理由として、控訴人が東京地方裁判所昭和二八年(ワ)第七五五号建物収去、土地明渡請求事件の仮執行宣言付判決正本に基き強制執行に着手したところ、被控訴会社がなんら正当の理由なく第三者異議の訴の提起するとともに右執行の停止を申請し停止決定を得、右執行を妨害しよつて右期間控訴人の本件土地の使用を不能ならしめたと主張するのであるが、証拠によれば、右執行とは、被控訴人小高代八をして本件家屋から退去せしめて、本件土地を控訴人に明渡さしめるものであり、本件家屋収去の執行ではないことが認められる。

ところで、控訴人が本件土地を使用することができなかつたのは、本件土地上に本件家屋が存在するがためであり、これがため控訴人の蒙る損害は、右の執行とは関係なく発生するものであるので、控訴人主張の損害と右第三者異議の訴の提起及びこれにともなう強制執行停止の申請との間には因果関係がないものというべきであるので、控訴人の右請求は、失当である。

甲第六号証(小高代八に対する建物退去、海老名四郎に対する建物収去、土地明渡の判決)の債務名義による上告人の強制執行につき被上告人宝興業株式会社は第三者異議の訴を提起し、甲第一九、二〇号証の強制執行停止決定を得て甲第六号証の判決に基く執行を停止したので、上告人は被上告人小高代八に対する建物退去の強制執行が不可能となり、この執行が不可能となつたので被上告人小高代八の居住する家につき被上告人海老名四郎に対する債務名義により建物収去、土地明渡の強制執行をすること亦不可能となつた。即ち家屋収去の執行が停止せられることにより、建物収去、土地明渡の執行が結果的に停止せられたので、上告人は土地明渡の強制執行により土地の占有を回復することができなくなつた。本件土地上の本件家屋から被上告人小高代八を退去させることが停止せられなかつたなら上告人は本件家屋から被上告人小高代八を退去させ被上告人海老名四郎に対する債務名義により建物収去、土地明渡の強制執行をして土地を使用することができたわけであるが、これを停止したのは甲第一九、二〇号証の停止決定である。然るに原審が東京地方裁判所昭和二八年(ワ)第七五五号建物収去、土地明渡請求事件の判決による執行とは被上告人小高代八をして本件家屋から退去せしめて本件土地を上告人に明渡さしめるものであり、本件家屋収去の執行ではないことが認められるとし、上告人が本件土地を使用することができなかつたのは、本件土地上に本件家屋が存在するためでありこれがため上告人の蒙る損害は右の執行停止とは関係なく発生するもので、強制執行(停止)の申請との間に因果関係がないと判示したのは全く理由の不備である。<後略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例